大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 平成3年(ラ)148号 決定 1992年12月25日

抗告人

永川淳一

右代理人弁護士

城谷公威

相手方

永川明順こと

崔明順

大野豊子こと

李豊子

永川善隆

金子明妃こと

李朝子

右四名代理人弁護士

美奈川成章

被相続人

永川三郎こと

李淳鎬

主文

原審判主文第二の1ないし5を次のとおり変更する。

1  抗告人は、金六五三万円を取得する。

2  相手方崔明順は、金九一五万円を取得する。

3  相手方李豊子は、金一一四万五〇〇〇円を取得する。

4  相手方永川善隆は、金三〇三万円を取得する。

5  相手方李朝子は、金一一四万五〇〇〇円を取得する。

理由

第一抗告の趣旨及び理由

一抗告の趣旨

「原審判を取り消し、本件を長崎家庭裁判所上県出張所に差し戻す」との裁判を求める。

二抗告の理由

別紙抗告の理由記載のとおりである。

第二当裁判所の判断

一本件の裁判管轄権及び準拠法

本件記録によれば、被相続人は、大韓民国の国籍を有する外国人であり、我が国に永住して右最後の住所に居住していたが、昭和六二年一月六日長崎県大村市久原二丁目一〇〇一番地一所在の国立長崎中央病院において死亡したこと、被相続人とその妻である相手方崔明順との間の子として、抗告人(一九四五年一〇月一三日生まれ、昭和五九年四月九日日本国に帰化)、相手方李豊子(一九四七年一二月二五日生まれ、一九七三年四月一八日李旭と婚姻)、同永川善隆(一九五〇年一月一一日生まれ、昭和五八年一〇月一七日日本国に帰化)及び同李朝子(一九五二年一月三日生まれ、一九七九年一〇月二二日鄭謂生と婚姻)がいることが認められる。

この事実によれば、本件については我が国にその裁判権があり、その土地管轄は原審裁判所及び当裁判所にあることは明らかである。そして、平成元年法律第二七号による改正前の法例二五条によれば、相続は被相続人の本国法による旨定めているのであるから、本件にあっては被相続人の本国法である大韓民国民法が適用されることになる。ところで、大韓民国民法の相続に関する多くの規定は、被相続人の死亡後の一九九〇年一月一三日法律第四一九九号(一九九一年一月一日施行)により改正されたが、その附則一二条によれば、この法律の施行日前に開始された相続に関しては、この法律の施行日後も、旧法の規定を適用する旨定めているのであるから、結局、前記の法律第四一九九号による改正前の大韓民国民法(以下「旧韓国民法」という。)の規定が本件には適用されることになる。

二相続人及びその法定相続分の割合

1  本件記録によれば、被相続人はその死亡当時旧韓国民法七七八条にいう戸主であったことが認められるので、旧韓国民法九八〇条一号により、本件では財産相続のみならず戸主相続も開始することになる。そこで、本件における戸主相続人は誰かということが問題となるところ、本件記録によれば、大韓民国の戸籍上抗告人が戸主と記載されていることが認められる。しかし、抗告人は、被相続人の死亡当時既に我が国に帰化し、自ら進んで我が国の国籍を取得していたのであるから、大韓民国国籍法一二条四号により被相続人の死亡前に大韓民国の国籍を喪失していたことになる。そして、旧韓国民法九八〇条一号によれば戸主が大韓民国の国籍を喪失したときは戸主相続が開始する旨規定されていることからすると、大韓民国の国籍を喪失した抗告人は戸主となることができないと解するのが相当であり、抗告人が戸主であるとの大韓民国における戸籍の記載は無効といわなければならない。また、被相続人の死亡当時、被相続人の直系卑属男子である相手方永川善隆は前記認定のように抗告人と同様我が国に帰化して大韓民国の国籍を喪失しており、被相続人の直系卑属女子である相手方李豊子及び同李朝子もそれぞれ婚姻により被相続人の家族ではないから、いずれも戸主相続人となることができず、結局、被相続人の妻である相手方崔明順を戸主相続人と認めるのが相当である(旧韓国民法九八四条)。

2  そこで、前記認定によれば、相手方崔明順は被相続人の妻であるとともに戸主相続人であり、同李豊子及び李朝子はいずれも同一家籍内にない女子であるから、結局、抗告人及び相手方らの法定相続分の割合は、相手方崔明順は九分の四、抗告人及び相手方永川善隆は各九分の二、相手方李豊子及び李朝子は各一八分の一となる(旧韓国民法一〇〇〇条、一〇〇三条、一〇〇九条)。

三本件分割の対象財産とその評価

本件記録によれば、当事者双方は、原審における平成元年一一月一三日の調停期日において、原審判添付遺産目録(以下「遺産目録」という。)記載の番号1ないし21、同23ないし27の不動産等が本件分割の対象となる被相続人の相続財産及び被相続人からの生前贈与財産であることを確認し、その評価額は遺産目録記載の評価額であり、以上のことにつき今後異議を述べない旨を合意していること、同22の建物(ただし、後記のとおり訂正)の評価額はなきに等しく(扇康一の訴状、相手方永川善隆の供述)、その敷地借地権の評価額は三六七万円を下らないこと(不動産鑑定士森部清司作成の鑑定書)が認められる。そうすると、本件分割の対象となる被相続人の相続財産としては、遺産目録記載の不動産、借地権、分収林、動産及び出資金(ただし、抗告人及び相手方永川善隆名義の不動産を除く。)があることになる(ただし、遺産目録三枚目一四行目の「字モモ道」を「字モト道」と、同二九行目の「上対馬町大字比田勝佐南在所八三二番地」を「(登記簿上)上対馬町大字比田勝字南在所八三二番地所在家屋番号三二三番(実際上の所在・同所八三三番地五)」と、「三六七万円」を「○」とそれぞれ改め、同三〇行目の「家屋番号八三三番」を削除し、同行目の地番の欄に「上対馬町大字比田勝字南在所八三三番五」を、評価額の欄に「三六七万」をそれぞれ加える。)。また原審判添付寄託金目録記載の金二一〇〇万円の寄託金についても、これを本件分割の対象とすることに当事者双方とも異議がないことが認められるので、これを相続財産としての金銭と同様に、遺産目録記載の被相続人の相続財産とともに本件分割の対象とするのが相当である。そうすると、本件分割の対象財産の評価額は、遺産目録記載の総評価額九六三六万円(ただし、後記抗告人及び相手方永川善隆の特別受益額を含む。)及び右寄託金二一〇〇万円の合計一億一七三六万円と認めるのが相当である。

なお、抗告人は、遺産目録記載番号14、17及び19の分収林はいずれも抗告人固有の財産であって被相続人の相続財産には属しない旨主張するが、当事者双方は前記調停期日において右地位が被相続人の相続財産に属することについて合意していることや参考人洲河真紀及び同玖須忠臣の各供述によれば、いずれも右分収林が被相続人の相続財産に属することは明らかであるから、抗告人の右主張は採用しない。

四抗告人及び相手方永川善隆の特別受益

本件記録によれば、前記認定の抗告人及び相手方永川善隆の帰化に際し、抗告人は遺産目録記載番号7ないし11の各不動産を、相手方永川善隆は同6及び21の各不動産をそれぞれ被相続人から贈与されたことが認められる。そうすると、これらはいずれも大韓民国民法一〇〇八条の被相続人から財産の贈与を受けた場合に当たるので、抗告人及び相手方永川善隆は、その受贈財産が自己の相続分に不足する部分の限度において相続分を有することになる。したがって、その受贈財産の価額、すなわち特別受益額を現存する被相続人の相続財産額に加えたものを被相続人の相続財産とみなし、このみなし相続財産について各相続人の相続割合によりその価額を算定し、それから特別受益額を控除した残額が抗告人及び相手方永川善隆の各具体的相続分となる。

五遺産分割の方法

1 遺産分割の方法について大韓民国民法には我が民法九〇六条に相当する規定はないが、本件において、抗告人と相手方らとの間には感情的対立が窺われる反面、相手方ら間では本件分割について相手方永川善隆の意見に同調する考えであること、相手方永川善隆は、被相続人や相手方崔明順と同居して家業である林業に従事し、他方抗告人も右林業に従事してきたこと、相手方らは、全相続人の個別的な分割よりは、相手方らと抗告人との間での分割と相手方らに分割された相続財産については、相手方永川善隆の特別受益分及び出資金を除くもの(遺産目録記載番号2ないし6、12、14、15、19、20及び22)を相手方間における共有(遺産目録記載番号20及び22の不動産については相手方崔明順と同永川善隆の共有持分各二分の一、その余の相続財産については各相続分に応じた共有持分)とし、出資金については相手方永川善隆の単独取得とすることを希望していることが認められる。そうすると、まず、本件分割の対象財産を抗告人と相手方らとの間で分割し、相手方ら間では共有を希望する不動産については、その希望に応じてこれを認めるのが相当と考える。したがって、本件記録から認められる諸般の事情を総合考慮して、本件分割の対象財産を次のとおり分割する。

2  まず、本件分割の対象財産の総評価額は、前記のとおり特別受益額及び寄託金を含めて一億一七三六万円である。そして、抗告人の相続分は九分の二であるから、右総評価額一億一七三六万円に対する右相続分相当額は二六〇八万円となり、これから抗告人の前記特別受益額七四〇万円を控除した残額一八六八万円が抗告人の具体的相続分となる。そこで、抗告人に対する具体的な分割を考えるに、遺産目録記載の番号1、2及び13の各不動産、同16ないし18の分収林、同27の動産は、いずれも抗告人の林業の継続に必要と認められるから、これらは抗告人の単独取得とする。そうすると、その総評価額は一二一五万円であるから、これと前記抗告人の具体的相続分一八六八万円との差額六五三万円については、前記寄託金二一〇〇万円からこの額を抗告人に分割する。次に、抗告人に分割した以外の相続財産については、相手方らの希望を参酌して、次のとおり定める。遺産目録記載の番号20及び22の各不動産についてはこれらを相手方崔明順及び同永川善隆の共有取得(共有持分各二分の一)とし、また、同23ないし26の動産及び28、29の各出資金(組合員権)については相手方永川善隆の林業経営を継続する必要からこれを相手方永川善隆に単独取得させることとする。そして寄託金以外のその余の分については、相手方らの各相続分の比率をもって共有持分とする共有取得(共有持分は相手方崔明順一四分の八、同永川善隆一四分の四、同李豊子及び同李朝子各一四分の一)とする。寄託金(二一〇〇万円から抗告人へ分割した六五三万円を控除した残額一四四七万円)については相手方各人の相続分(特別受益があるときはその額を控除した額)の比率を勘案して分割する。相手方永川善隆の相続分は九分の二、金額にして二六〇八万円であり、これから特別受益額八八〇万円を控除した残額一七二八万円がその具体的相続分となる。相手方崔明順の相続分は九分の四であるから、その具体的相続分は五二一六万円、相手方李豊子及び李朝子の相続分は各一八分の一であるから、その具体的相続分は各六五二万円となる。そこで、前記寄託金(一四四七万円)を概ね右相手方らの右各具体的相続分の比率によって分割すると、相手方永川善隆は三〇三万円、同崔明順は九一五万円、同李豊子及び李朝子は各一一四万五〇〇〇円をそれぞれ取得することになる。

六抗告理由に対する判断

1  抗告人は、原審判が被相続人の積極財産のみの配分を定めて消極財産について何らの判断を示していないのは不当である旨主張する。しかし、被相続人の消極財産については特段の事情のない限り法定相続分に応じて分割債務となるから、これを本件分割の対象としなくとも何ら不当とはいえない。

2  次に、抗告人は、原審判は平成元年一一月一三日の調停期日における抗告人名義の財産も本件分割の対象とする旨の合意を基礎とするところ、右合意は、当事者双方の生前贈与分も含めてその不動産を算定し、本件分割の資料とするとの原審裁判所の申し出によりその評価額を概算して提出したものであって、抗告人には抗告人名義の財産を本件分割の対象とする意思を全く有していなかったのであるから、錯誤に基づく意思表示として無効である旨主張するが、右抗告人主張の錯誤の内容を認めるに足りる証拠はない(なお、当事者が被相続人から生前贈与を受けた分も含めて遺産の価額を算定し、遺産分割の資料とすることは、旧韓国民法一〇〇八条の規定に照らして当然である)。

3  更に、抗告人は、原審判は抗告人が取得すべき被相続人の財産の一つとして遺産目録記載の番号16の分収林を挙げているが、右分収林についてはその範囲に関して土地所有者との間の争いが未解決であり、このように本件分割の対象財産に関して第三者との争いが未解決のままされた原審判は違法である旨主張する。しかし、右主張自体前記認定の調停期日における当事者間の本件分割の対象財産に関する合意内容に反するばかりでなく、遺産分割の審判裁判所はその独自の権能として当該遺産の範囲を判断することができるのであるから、遺産について第三者との争いが未解決であるというだけで遺産分割が許されないということはできない。

4  最後に、抗告人は、金銭については未だ不明確な部分が大部分であり、その点を不明確のまま分割をした原審判は違法である旨主張する。しかし、抗告人の右主張自体抽象的であってその趣旨が不明であるが、仮にその趣旨が損害賠償請求権や預金債権などの金銭債権を意味するものとすれば、金銭債権は特別の事情のない限り相続分に応じて当然分割されると解されるので、これを本件分割の対象としなくとも何ら違法ではない。

七結論

以上のとおり、原審判は、遺産目録記載の相続財産の分割に関しては正当であるが、前記寄託金の分割に関しては、この点に関する原審判主文第二の1ないし5を本決定主文1ないし5のとおり変更して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官佐藤安弘 裁判官松島茂敏 裁判官中山弘幸)

別紙抗告の理由

一 原審判は、積極財産のみの配分を定め、消極財産については、何らの判断を示してない片手落ちの審判であること明らかである。

二 原審判は、本来的に遺産分割の対象とならない相手方固有の財産をその対象にし、分割している。

調停調書には、相手方名義も遺産分割の対象とする旨の合意が記されているが、右は、錯誤に基づく意思表示であるが無効である。

即ち、当事者双方の生前贈与分も含めて、その不動産評価を算定し、遺産分割の資料とする裁判所の申出により、その承諾をなし、評価額を概算して提出したものである。

自己の固有財産を遺産分割の一部に加える意思は全く存在しなかった。

三 原審判によれば、相手方が取得すべき不動産として番号16をかかげるが、本件は、土地所有権者と分収林契約の範囲に争いがある部分であり、かように第三者との争いを未解決のまま、遺産分割の審判を下すのは違法である。

四 金銭については、未だ不明確な部分が大部分であり、その点を不明確のまま分割をなした審判も違法である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例